本日の読書

○「「断腸亭」の経済学―荷風文学の収支決算(吉野俊彦著)」これ読んでいると,戦前戦中戦後を通してほぼ一貫して流行作家として存在し得てたことがわかります。その著作はほぼコンスタントに版を重ねていて,印税による収入が途絶えることは無かった模様で,そのうえ父から受け継いだ遺産もあったりで,結果的に黒字決算で強運な人生だったようですね。それでも戦中に闇物資が高騰したことと,そして終戦直後のインフレとで,物価が極端に上昇したときはかなり応えた模様で,その驚きと怯えの感情とを率直に日乗に記しているとのこと。
○戦前人間の「生きていくコスト」ってどのようなものだったのか,って関心があります。上記荷風に関して言えば,移動手段は徒歩と電車とタクシーだけです。自家用車が無い分だけ,ランニングコストはかなり格安で済んでいたのではないかと思う。ただ炊事洗濯については,独りでは手が廻らないので,「お手伝い」を雇っていたようだ。その人件費がどの程度のものだったのだろうか。荷風だけではなくて,日本全国の庶民が消費する化石燃料の量は,絶対に少なかったと思う。その分だけ,全体的なコストは安上がりだったのではないか。そんな気がする。
松本哉氏による著作中に薬剤ムトウハップについての記載あり。荷風が戦中に偏奇館を焼け出されて,あちこち居候しながら転々としているうちに疥癬を病み,その治療の為に入浴時に浴槽に混ぜて使用したとの由。家主はその硫黄臭さに辟易したとの由。それにしても,この薬剤って,いま別の意味で流行っている薬剤じゃなかったっけ? ずいぶん歴史の長い品なのですね。
半藤一利氏による著作中に荷風による安吾観についての記載あり。なにかの談話にて「人間は自分の希望通りに堕落できないものなのですよ。あの坂口という人は,健康的な人だね」と述懐していたとの由。堕落論のことは念頭をちらと掠めていた模様。
○「明治天皇を語る (新潮新書)ドナルド・キーン著)」 写真を撮らせるのを好まなかったこと,また自分の銅像を作らせなかったこと。このことは,欧米の君主が自らの威厳を知らしむるために自らの銅像を各地に作らせることがあたりまえだったことと比べると,日本の明治天皇がそれに全く興味を示さなかったこと,それでいて天皇の威厳が日本全国津々浦々に届きわたったことはかなり驚異であるとのことらしい。言われてみれば,明治天皇銅像って,無いですね。維新の最中心人物なはずなのにこの空白ぶりはなんだろう。それがまた「皇室らしい」とも云えますが。
○また私生活ではかなりアルコールを好まれた模様で,ふらふらになるまで飲むことも珍しくなかった模様。それでもどんなに酔い痴れても,翌朝五時には毅然たる姿で公務を再開していたとのこと。