「仮釈放 (新潮文庫)（吉村昭著新潮文庫）」ある学校教師。大学時代に知り合った妻と，いたって平穏な家庭生活を過ごしていたが，ある日，妻の不倫に気が付き，激情。不倫相手との姦通現場に押し入り，妻を刺殺し，不倫相手には重傷負わせる。そして無期懲役の判決を受ける。しかしながら模範囚として塀の中で１６年過ごしたところ，保護観察つきながらも社会復帰が叶う。そして養鶏場の職員としてひっそりと勤務する日々が始まる。・・・
今の世相になんとなく居そうな殺人犯を描いてくれてますね。学校教員に成れてしまうくらいですから，普通の「社会生活」をするうえでは，ものすごく几帳面で，水準以上の実績をあげてしまう人なんだと思う。
でも，ごくありふれた，普段の「日常生活」の方で，想定外な事態に直面すると，とたんにスイッチが切り替わってしまい，一気にぶち切れる，そして凶行に走る。奥さんが不倫するということが，まったくもって受け入れがたい，許せない現実として，極度の思い込みに走ってしまう。
そして，これまた巧妙なことに，姦通現場に押しかけて，刺してしまう。裸になっているところを襲撃されたら敵いません。つまりこの殺人犯，そこまで計算して，犯行に及んでいると解釈することも出来るわけです。
要するに，普段の社会生活では，しっかりした大人なんですけれど，日常の小さな矛盾に直面したり，周りからささいなちゃちゃを入れられたりすると，とたんにわがままな子供へスイッチが切り替わってしまう。しかも，その反撃が，心底の恨みに根ざしたものなだけに，恐ろしいわけです。
そして，普段があまりにもまじめすぎて水準点以上なだけに，だれも，その危険なスイッチに気がつく術がないこと。ありえないこと。これも恐ろしい。これだけの犯罪を犯しながらも，塀の中では，１６年間も「模範囚」として淡々と過ごしてしまえているわけですから。
たしかに，居てもおかしくない人格です。あなたの心にもわたしの心にも。
