本日の読書

長英逃亡〈上〉 (新潮文庫)吉村昭新潮文庫)」 上巻は,江戸での破獄から,向島,武蔵,上州を経て,越後へと逃亡するまでのあらすじ。
高野長英の逃亡劇って,かの国定忠治赤城山に潜伏して,世の中を騒がせていたときとほぼ同時期に起きてたんだ。
松浦武四郎蝦夷探検に出る時期とも同時期だったんだ。松浦が蝦夷に渡ろうとしたところ,タイミング悪く,「長英が蝦夷に逃れるかも」という「風説の流布」があったため,にわかに,港での警備が厳しくなってしまって,渡航を一時期あきらめたことがあったとのこと。
○当時の幕府の捜査網はたいへん厳しくて,一度「破獄犯」として追われる身になると,逃れる術はまず無かったようなのですが,しかし,長英先生は,ふつうの犯罪者と違って,蘭学者としての人望がだれよりも厚く,地方地方の蘭学の弟子筋にかくまってもらえるわけで,その人的ネットワークのおかげで,見事に江戸逃亡を果たします。もちろん追う幕府方も,長英殿はおおかた弟子筋の宅に逃げ込むだろうと予測を立てて捜査をしてくるので,岡引を地方地方随所随所に送りこんで探索にくる。だから長英としてもいつまでもひとところに長居は出来ないわけで,そろそろ怪しいとにらまれる頃合になると,転居を繰り返し,次の弟子筋を求めて,行方をくらますことになる。幕府方と長英方ともども命のかかった知恵比べを繰り返します。
○しかし,この逃亡劇って,幕府方も,長英方も,「人的な」ネットワークを,迅速に,フルに,活用していることに驚かされます。インターネットも電話もカメラも無く,言葉と紙に書かれた言葉しかなかった時代でも,これだけの,人的な,緊密な,広範囲なネットワークが成立してしまうものなのですね・・・もっとも,これらは,そもそも言語を駆使する人間ならおのづと備わっている能力であって,現代人が,機械に頼りすぎているだけなのだと考えるほうがいいのかもしれません。