鑑賞ログ

というわけで,こないだの土曜日に観たオペラ「僕は夢を見た、こんな満開の桜の樹の下で*1」のログ付けをしてみます。まあ,でも,音楽は,やっぱり作品そのものを,直に観て楽しむことが,なによりの答えだから,あとで何かブログの上で,考えをまとめようとしても,なんだかわけがわからないです。とりあえず,あらすじを端折りながら書いていくこととして,とりとめも無くログ付けしてみます。
しかし,当初,中野の会場に入る直前までは,現代作曲家の作ったオペラなんて,ひょっとして,ヘンに小難しくて,観念だけで上滑りしていて,なんとなく理解しがたいものだったりしたら,どうしよう,などと,正直言うと,当初は心配だったのですけども,じっさいに会場で見てみると,なかなかどうして,ストーリーも台詞も,流れが自然で,内容も明快で,ユーモアも豊富で,娯楽としてのオペラを十分に堪能できる内容でした。日本語のオペラってここまでの境地に達していたんだと驚くばかり,たいしたものです,もっともっと,見聞をひろげなくてはん。それでは,そのあらすじから思い出しながら,書き綴ってログとしてみます。
○歌劇『僕は夢を見た、こんな満開の桜の樹の下で』神田慶一作曲及び指揮(財)東京都歴史文化財団東京文化会館委嘱<第1回佐川吉男音楽賞受賞作品>2006年5月27日14時中野ZEROホールにて鑑賞。席はなんと,最前列のどまんなかです(A席5-25)。ピットに立ってる指揮者神田さんの後頭部を真正面に見据えつつ鑑賞。手を伸ばせばむんずとつかむことも可能なくらい近くでしたw 客席はほぼ満員,大盛況でした。
○第1部開始。舞台上まっくら状態のまま,序曲開始。ピット底のオケから,なんかドビュッシーみたいな,いかにも神秘的な和音が,すこしづつ,ざわめきながら,盛り上がってきます。そして,舞台上セットの,満開の桜の樹が,ライトアップされてぼうと青白く浮かび上がってきます。まさに夜桜の不気味さ。これがいかにも,満開の桜の樹の下がかもしだす“狂気”をいかにも暗示しているようで,期待させてくれます。
そして,一転,すべてのライトがぱっと照らされ,昼の光景です。満開の桜の樹の下の,カフェテラスの場面のようです。老若男女色とりどり,約20名くらいの客が店内に入ってきて,めいめい茶を飲みながら和気藹々会話を楽しんでいる,ごく日常的な光景になります。
こうして,軽快な音楽に併せて,店内の楽しい平和な日常光景が,しばらく進行していくわけですが,ここいらで,そろそろ,険悪な事件が始まります。けたたましい不協和音がどかんと鳴り響くと,ナイフを持った2名の銀行強盗がいきなり飛び込んできました。客の一人をふんづかまえてナイフをのど元に突きつけて「少しでも動いたら殺す」とがなりたてます。客は,全員,“人質”になってしまいました。
やがて,通報を受けた警察が到着,カフェの周りを包囲してしまいます。そして,警察一同,こんな歌を歌います。「♪無駄な 抵抗は やめろ〜 君たちは 完全に 包囲されている〜」 刑事ドラマ等でおなじみのこの台詞が,オペラの世界では,歌になってくれるのです。さすがです。
対して,包囲されたカフェ内部の,強盗側にも,ぴりぴりした緊張が走ります。一触即発状態です。しかし,こんなけたたましい騒動の最中にもかかわらず,なぜか,いちばん奥の席で,顔色ひとつ変えないで,黙々と,茶を飲んでいる色白の女性(=サクラ)が居た。銀行強盗としても,人質のくせにその変に落ち着き切った奇妙な態度が気に入らなくて,おいと脅しつけたりするのだが,まったく蛙の面に水のポーカーフェイス。それでしびれを切らして「おまえはいったい何ものだ」と訊ねると,サクラが答えるには「あなたの願いをひとつだけかなえてあげます」 強盗のほうでも,「そうだな,(もし,あの警察から逃れることができたなら)おまえのような美しい女性を,妻に迎えられたらな」とつぶやく。
そのとたん,カフェ内の人質(=客)も,強盗も,全員みな,体の力ががたんと抜けきってしまい,床に倒れて,そして,深い眠りについてしまう。そして,現実とは別次元の,夢の世界が始まります。つまり,この,サクラという女性は,夢の世界からの使者なのでした。ここで第1部終了。溶暗。舞台上の桜の樹だけが,ライトアップされて枝々をざわめかせながら,ぼうと青白く浮かび上がり続ける。
○第2部,夢の世界。かの銀行強盗が,深い眠りからさめて,ふと吾に返る。そこは,さっきまでのカフェとは,まったく異なったうすっ暗い世界になっている。それに,銀行強盗として罪を犯した,過去の記憶もすべて喪失してしまっている。ここはどこ,わたしは,だれ?といった状態。そこで,舞台袖から,サクラが現れる。第1部で望んだどおり,(銀行強盗の)妻としての設定で現れる。
そして,銀行強盗は,この夢の中では,いきなりベストセラー作家になって,マスコミからちやほやされたり,あるいは,独裁国の王様になって,思うままに周囲の取り巻きにいばりちらしたりと,いかにも夢らしい光景がつぎつぎと繰り広げられます。銀行強盗としても,自身で書いたおぼえも無い小説のことで,なぜか有名人扱いされていたりすることで,ただただ戸惑うばかり。
しかし,そうこう戸惑っているうちに,自分はかつて現実の世界で,「銀行強盗」という,犯罪に手を染めた記憶がすこしづつながら,よみがえってきます。いま目の前にある,これら出来事は夢ではないのか,しかし,ここが夢だとしたら,現実とはいったい何だろう? いったい,この夢の出口はどこ? と,銀行強盗は苦悩に陥り,もがき苦しみだす。
そして,この得体の知れない夢の世界から,いかにして,脱出しようか?というわけであれやこれやと試行錯誤しながらストーリーは進行するわけですが,これ以上書くと,オチにかかわることで,ネタバレなので,ログに書くのは控えます。
しかしながら,この“夢”の第2部,観ていてふと思ったのですが,けっこうとりとめがなく進行してくれるので,これをいかにして,誰もが納得できそうなオチをつけるべきなのか,作曲者としても,なかなか大変だったのではないか,そんな気がします。観ているほうとしても,この夢の世界,いったいどうやって決着つけるんだろう?と,はらはらどきどきで興味津々でした。もちろん,ちゃんとしたオチが待ち構えていたので,「な〜るほど」と納得できましたが。^^;
○ちなみに,梶井や安吾の文学作品とは,ストーリー的な重なりとかは,まったくなくて,むしろ,そういったものから積極的に離れて,自由に構想を繰り広げることで創作された作品ですね。でも,テーマとしては,夜の闇のなかにぼうと浮かび上がる“満開の桜の樹の下”と,それがかもし出す“狂気”です。そういう点で,作品そのものを貫く美学としては,符号している要素が盛りだくさんのように感じました(もちろん,文学作品なんか念頭に無くとも,作品の出来そのものが,とっても明快なので,受け入れやすいです)。
あ,それと,この歌劇,最後のシーンは,満開の桜が,不気味な青白いライトアップの下で,紙ふぶきを散らしてくれて,舞台はすさまじいばかりの花吹雪になります。銀行強盗と,サクラという,この不思議な男女二人を包み込むかのような花吹雪です。これは,かの「桜の森の満開の下」と,思い切り符合してますシーンですね^^;
○なんていうか,でたらめでいて,それでいて,美的で,豪奢な,オペラでした。そういう意味では,“ファルス”という点でも,なんか符合しているのかなと思いました。
○全体を通してみて,まるで,映画がドラマを観ているかのような感じです。音楽や演出も,軽快につぎつぎと展開していって,なかなか映画的です。見ていて飽きさせません。コミカルな表現も豊富で,エンターテイメントに徹していて,サービス精神が伝わってきて,楽しめるオペラでした。もっと多くの人にも鑑賞をおすすめしたいです。
○それにしても,過剰に長くなってしまいましたw というのも,なんだかまとめにくいのです。観念だけが上滑りしてしまったのはどうやらわたしのようです。